幸手市(さってし)権現堂桜堤の花見ガイド

桜の名所として有名な埼玉県幸手市権現堂堤の魅力を桜などの花・その周辺のお店や施設と共に紹介しています。

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さって観光マップ ⑥マリア地蔵

004 縮小版

マリア地蔵

 文政三年(一八二〇)に作られた子胎延命地蔵(こそだてえんめいじぞう)で、キリストを抱いたマリアに見立てられています。
 錫杖(しゃくじょう)(僧が携帯する杖)の上に十字架が刻んであること、キリスト教の仮託礼拝物(かたくれいはいぶつ)(十字架などに代わるもの)のヘビや魚が刻んであること、イメス(イエスをカモフラージュしたもの)と刻んであること、などから江戸時代の隠れ切支丹(かくれきりしたん)の信仰の対象であったと考えられます。
 一般にマリア地蔵と呼ばれ、市指定有形民族文化財になっています。【幸手市教育委員会】

一応、隠れキリシタンの信仰対象となっていますが、あくまでも推定のようです。
では、なぜこの地蔵像が仮託礼拝物だと思われているかというと、いくつかの理由があります。

1.左手に持つ錫杖(しゃくじょう)の上部に十字架が刻まれている
2.「イメス智言(ちげん)」の文字が刻まれており、これはイエス・キリスト等を指すと考えられる
3.赤子の喉元(のどもと)付近に魚や蛇と見える模様があるが、魚と蛇はキリスト教の仮託礼拝物とされる
4.左手に宝珠(ほうじゅ)、右手に錫杖(しゃくじょう)を持つ一般的な地蔵像に対し、右手に赤子を抱くこの  像はイエスを抱くマリアを仮託していると考えられる【幸手市史 通史編Ⅰからの引用】

キリシタンに対しての弾圧は、1500年代後半から明治時代まで続いたそうです。このような弾圧を避けるためにイエス・キリストやマリアをそのままの形で礼拝物として使うことはできませんでした。見つかってしまえば、拷問や死刑になっていたようです。そのため、信者達は礼拝物をカモフラージュする必要がありました。

時代によってなのですが、信者の方々の中には死刑になっても喜んでいた人もいたそうです。なぜなら、殉教という考え方があるからです。(殉教とは信仰のために命を失ったとみなされる死のことを言います)この辺の宗教観というか人生観というかは人それぞれなので、何とも言えないですね。良いとも悪いとも。

目印がないので場所が分かりづらいのですが、下の地図の青い丸のところです。権現堂公園の方から歩いて行くと左手に見えるのですが、車で通っても見逃してしまうかもしれません。


005 縮小版 マリア地蔵

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