幸手市(さってし)権現堂桜堤の花見ガイド

桜の名所として有名な埼玉県幸手市権現堂堤の魅力を桜などの花・その周辺のお店や施設と共に紹介しています。

| PAGE-SELECT |

>> EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

>> EDIT

さって観光マップ ⑤幸手義賑窮餓之碑(さってぎしんきゅうがのひ)

063 縮小版

義賑窮餓之碑(ぎしんきゅうがのひ)は正福寺(しょうふくじ)の境内にあります。天明3年(1783)浅間山の大噴火により冷害と大飢饉が発生し、幸手宿周辺の農村も難民が続出しました。その際、幸手宿の義人21名が米や金を出し合い幸手の民を救いました。この善行を讃え、碑を建てたそうです。今では善行活動の始まりと言われています。(県指定文化財)【さって観光マップより】

この浅間山の被害はものすごかったようです。火砕流・溶岩流などが村を埋め、死者は二万人ほどになったそうです。そして、権現堂川には壊れた家や生活用具や無数の鯉や鮒なども腹を見せた形で流れ着いたそうです。

そして、真夏にもかかわらず気温が低下したために作物が実らず、飢えに苦しむ人が増えたそうです。そこで名主や富裕商人21人が救済をはかったそうです。しかし、まだ麦が実らず飢餓が止まらなかったので、21人の有志は、約70日間、粥を施したそうです。



大きな地図で見る

スポンサーサイト

| 義賑窮餓之碑(ぎしんきゅうがのひ) | 06:19 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。